ほほの日記

理系京大生。文科系学問にも興味があります。

理系は大器晩成

理系は大器晩成である。若手研究者がノーベル賞を受賞することは珍しい。日本だと、大学の学部を卒業して、大学院へ行き、修士を終了して、そこから博士課程へ行くなり企業へ就職するなりするのが王道のコースである。

 

企業への就職はこの通り普通は大学教育を6年も受け終えたあとだし、博士課程に進むとなれば研究者として認められるまでにもとかかる。とにかく、社会に出るまでめちゃくちゃ時間がかかる。

この傾向はなにも研究者にだけ見られるものではない。研究者としての色合いは薄い、建築家にもみられる。そこで建築家になるならばどれほどの時間がかかるのか気になったわたしは、有名建築家が生涯で初めて建築を設計するまでにどれほどの時間がかかったのか、調べてみた。

軽く雰囲気をつかむだけのためのものなので、厳密には調べていない。だから、初めて建築を建てた年齢に±1歳の誤差が生まれることを了承していただきたい。

  • 妹島 和世(せじま かずよ、1956年10月29日 )

初建築は「PLATFORM I」(千葉県勝浦市)で1988年。これは妹島さんが32歳のとき。

 

  • 西沢 立衛(にしざわ りゅうえ、1966年 - )

「ウィークエンドハウス」(群馬県碓氷郡)、1988年。このときの年齢は22歳。若い。学部卒業時点で建てたようだ。

 

  • 安藤 忠雄(あんどう ただお、1941年(昭和16年)9月13日 - )

「JR大阪駅前プロジェクト」(大阪市北区)、1969年。このとき28歳。

 

  • 槇 文彦(まき ふみひこ、1928年(昭和3年)9月6日 - )

セントルイスワシントン大学スタインバーグホール」(ミズーリ州セントルイス)、1960年。このとき32歳。

 

  • 伊東 豊雄(いとう とよお、1941年6月1日 - )

「アルミの家」(神奈川県藤沢市)、1971年。これは30歳のとき。

 

  • 隈 研吾(くま けんご、1954年〈昭和29年〉8月8日 - )

「伊豆の風呂小屋」。1988年。このとき34歳。

 

  • 原 広司(はら ひろし、1936年9月9日- )

「伊藤邸」(東京都三鷹市)、1967年。このとき31歳。

 

  • 磯崎 新(いそざき あらた、1931年(昭和6年)7月23日 - )

「新宿ホワイトハウス」(東京都新宿区)、1957年。このとき26歳。大学院在学中に設計。

 

  • 藤本 壮介(ふじもと そうすけ、1971年(昭和46年) - )

「聖台病院作業療法棟」(北海道旭川市)、1996年。25歳のとき。

 

  • 石上 純也(いしがみ じゅんや、Junya Ishigami、 1974年4月10日 - )

ミラノサローネ『レクサス展の会場構成』」(ミラノ)、2005年。このとき31歳。

 

いかがだったろうか。大体30歳前後が多いかな。「初めての仕事が30歳」、これを聞いてあなたはどう思う?

「別に普通じゃん」と思う人は、理系として立派だと思う。理系はキャリア形成に時間がかかる。それを当然と受け入れて、長く厳しい試練に挑む覚悟があるなんてすごい。わたしはなかなかそうは思えない。初めての仕事が30歳かあ、と、気が遠くなってしまう。

わたしがやりたいことってなんだろうなー。